甘いささやきは社長室で
背後からそうからかうように言って近づくのは、同期であり友人である営業部の社員・ほのか。
茶色いミディアムヘアを揺らし笑うほのかに、私は眉間にシワを寄せ嫌な顔をしてみせた。
「……やめてよ、その変なあだ名」
「いやぁ、だって絵理と言えばそのあだ名でしょ。美人だけど愛想はない、けど仕事は出来て間違いがあれば上司相手にも容赦なく冷静に詰め寄る。その冷たさはまるで氷の女王!」
落語を話すかのように、演技がかったような言い方で力説をする。
『美人』『仕事はできる』といいことを言われているはずなのに、全く褒められている気がしないのはなぜだろう。
嫌な顔をしたまま「書類出して」と手を出すと、ほのかはけらけらと笑いながら数枚の書類を差し出した。
「まぁまぁ、その評判のおかげで来月の人事異動で絵理出世するらしいじゃん?課長代理になるんでしょ?」
「あくまで噂だよ。私はまだ直接言われてないし……それに、出世しても嬉しくないし」
照れ隠しでもなく本心を淡々と言いながら書類をまとめる私に、その顔は不満そうに口を尖らせる。
「えー?いいじゃん、給料だって増えるし」
「それ以上に仕事も増えるし……偉くならなくても、人の下で普通に働けていれば十分」
「ま、偉くなるほど男との縁も遠ざかるもんねぇ……あっ!そういえば、週末に合コンあるんだけど絵理も来ない?」
自分の『男との縁』という発言から思い出したのだろう。ほのかは唐突に合コンの話を切り出す。
彼氏探しに一生懸命だけれど、いまいち成果をあげられず、今ではベテラン合コン幹事となってしまったほのかから週末の合コンの誘いがあるのはよくあること。
26歳独身、彼氏なし。
ましてや『氷の女王』なんて言われている私が異性と縁があるわけもなく、時々その話に乗ることもあるけれど、いつもまずはその相手を聞いてからだ。