甘いささやきは社長室で



「もしもーし、あ、桜さん。おはよー。うんうん、元気元気〜」



……また女性か。

『桜さん』の名前からなんとなく年上美女をイメージしながら、へらへらと笑っている彼を見るとため息が出た。



「今日?あー、お昼休憩の時間なら空いてるけど……ちょっと待ってね。マユさーん、お昼にお出かけしてもいいですか?」



桐生社長はそう私の機嫌をとるような言い方でたずねる。

『またそうやってチャラチャラと!』と反対したいところだけれど、彼の休憩時間までを拘束する権限は私にはないため、ツンとした顔のままうなずいた。



「えぇ。14時に間に合うようでしたら」

「ありがとー。あ、桜さん?じゃあ12時くらいに会社まで迎えに行くね。はーい」



って、相手も仕事の昼休みにわざわざ抜け出して食事に?

そんな短時間のうちにでも一緒に食事をしたいと願うなんて……どれだけこの男が好きなんだか。



呆れながら見れば、彼は電話を切るとデスクの上のパソコンを見ながら話す。



「じゃあ、僕12時には着くようにこっち出るから、マユちゃんには13時半に迎えに来てもらってもいい?そしたらそのまま打ち合わせに行こう」

「分かりました。交通手段はどうすればいいですか」

「専属運転手の来栖くんがいるから。彼に車出してもらって」



専属の運転手って……すごい。自分で運転するわけないとも思っていたけど、運転手がいるとは……さすが社長だ。

自分の暮らしとは違うその世界に、乾いた笑いがひとつこぼれた。


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