甘いささやきは社長室で
それから、午前の仕事を終えた桐生社長は『いってくるね〜』と相変わらずの浮かれた笑顔で会社を出た。
一方で残った私は、近くのコンビニで買ってきた昼食を食べ終え、彼を迎えに行くまでの数十分を秘書室でひとり潰していた。
今下手に仕事に手をつけても時間的に中途半端になってしまうだろうし……どうしようかな。
手持ち無沙汰に秘書室の端に適当に置かれた本や雑誌を見れば、どこか見た記憶のある雑誌が一冊目に入る。
それは先日、友人であるほのかが見せた経済誌……そう、桐生社長の記事が載っていた雑誌だ。
見本としてもらったのかな。そう思いパラパラとページをめくると、雑誌の中のほうのページにはやはりモデルばりに決まった顔でインタビューを受ける彼の姿が掲載されている。
なになに……【期待の若社長・桐生祐輔氏 彼の原動力とは】。昨日はまともに目を通すこともしなかった本文を、改めてきちんと読み直す。
【社長に就任して5年、これまでの経営のあり方を一新し経営利益を黒字成長させている。そんな彼の原動力を、彼は『美味しいものと女性』と語る】
【もともと食べることが好きだという彼の趣味は飲食店めぐり。日によっては一日中、モーニングからディナーまで食べ歩いているという。『ひとりで食べるのもいいですけど、女性と食べるほうがやっぱり美味しいですね。胃はもちろん、目も心も満足します』】
……って、やっぱりこの人は……。
雑誌のインタビューでまで女好きを公言するんじゃない。ったく……。
呆れながらそのまま読んでいると、その下には【そんな彼の経営力の裏には、圧倒的リサーチ力があるだろう】の一文。
圧倒的、リサーチ力……?
そのひと言が引っかかり、再度ページを読み直そうとした。その時、コンコンとドアをノックする綺麗な音が響いた。