甘いささやきは社長室で
「……あの、彼女は」
「あぁ、桜さんは近くの大きい化粧品会社のOLさんでね。新しいお店やトレンドとか、飲食店に関しての情報がかなり多い人で、いいところ見つけたらこうして教えてくれるんだよね。僕がごちそうするっていう条件つきで」
あぁ、だからか。別れ際も恋愛感情のようなものも惜しむふうでもなく、あっさりとしていたのは『ギブアンドテイク』の仲だから。
そう思うと納得できた気がした。
「今日のところも結構おいしかったから、ついついシェフに声かけて話し込んじゃって。名刺も渡せたし、今度営業行かせてもらおう」
そのセリフに思い出すのは、先ほど読んでいた雑誌の『圧倒的リサーチ力』という言葉。
彼の原動力は、おいしいものと女性、そして強みはリサーチ力……って、つまり。
「……あの、もしかして『デート』っていうのは」
「うん。女の子とのごはん兼リサーチ、だね」
頭の中で出たもしかしての答えを、桐生社長はあっさりと述べて、窓から私へ視線を移した。
「僕ら男性より女性の方が、おいしいものって知ってるし情報にも敏感だからさ。評判のいい店とか教えてくれたりするんだよね。そこから僕は、営業に行くきっかけを作ったりする」
「営業に行く、きっかけ…」
「あとはうちの食材を卸してるお店で食べて貰って、感想を聞かせてもらったり……まぁ、モニターみたいなこともしてもらったり」
確かに、美味しい店や食べ物は、女性たちの情報網のほうが幅広い。
感想もただ単に『美味しい』のひと言で終わらない、細やかな意見が聞けるだろう。
そっか、だから……お金や時間をかけてでも、自らが動いているんだ。街の人々の声に、耳を傾けるように。