甘いささやきは社長室で
「相手は?」
「今回はすごいよー?実業家に御曹司、次期社長候補……超ゴージャスなメンバーなんだから」
よほど頑張って人脈をたどって約束を取り付けたのだろう。ふふん、と胸を張るその顔は誇らしげだ。
実業家、御曹司、次期社長候補……。
普通の会社員である私たちからすればすごい立場の人たちだけれど、それらの肩書きを聞いた途端、自分の顔がますます不快に歪むのがわかった。
「……行かない」
はっきりとした拒否に、つい今さっき誇らしげな顔をしていたほのかは目を丸くして大きく驚く。
「えー!?なんで!?絵理だって彼氏ほしいって言ってたじゃん!上手くいけば玉の輿だよ!?」
「前にも言ったでしょ。私は付き合うなら公務員がいいって。ましてや会社経営者なんて今よくてもこの先どうなるかわからないし……安定・安心・安泰、それ以上に望むことなんてないんだから」
「もう……そんなこと言って出会いのチャンスをなくしてばかりいるから、未だにキス止まりの処女なん……むがっ」
人の行き交うオフィスの端で、なんてことないようにとんでもない発言をしようとしたほのかに、私は右手でその口もとをおさえる。
「ほのか?人前では言うなって言ったよね……?」
怒りを込め、ぐぐぐとその口もとをおさえる私の手に、ほのかは『ごめんなさい!』と言うように涙目で「むー!むー!」と声をあげた。
ったく、誰かに聞かれたらどうするんだか……。
チラ、と辺りを見渡すと、幸いフロア内の人々は電話対応やデスクワークに忙しなく追われており、こちらの会話など微塵も聞こえていない様子だ。
よかった、と顔には表さず安心し手を離すと、ほのかは「ぷはっ」と苦しそうに息を吐く。