甘いささやきは社長室で
「うぅ……三木の奴め……」
「はいはい、八つ当たりせず働いてください」
当然だけれど助け舟なども出さずに去って行った三木さんに、桐生社長はぼやきながらハンコを押す。
「もう……そんなでよくこれまでの秘書の人たちは許してくれましたね」
「あー、うん。これまでの子たちは優しかったからねぇ」
言いながら彼は席を立つと、壁際の本棚の前にいた私の方へ向かってくる。
そして私の背後の壁にトン、と手を突くと、自分と壁の間に私を追い込むような形で挟み、ずいっと顔を近づけた。
突然のその距離に、思わず胸はドキッとする。
「こうやって、『疲れたから、ちょっと休んでもいい?』って聞くと皆OKしてくれたんだよねぇ」
……って、これくらいなら皆にやっているということ。
「……それは優しいじゃなくて、チョロいって言うんです」
呆れたように言いながら、先ほど三木さんから受け取った書類でその顔をペシッと叩き腕と壁の間から抜けると、桐生社長はつまらなそうに口を尖らせた。
「マユちゃん冷たいなー……あ、じゃあさ、これ定時までに終わったらご褒美くれる?」
「ご褒美?」
「そ。何事も目標があったほうがはかどるしさ」
にこ、と見せられるその笑顔が怪しいけれど……まぁ、仕事が進むならいいか。
「いいですよ、なにがいいですか?」
飲み物だろうか、食べ物だろうか。……高級なものをねだられたらどうしよう。経費でおちるだろうか。
問いかけてからそう考える私に、桐生社長はふっと笑う。