甘いささやきは社長室で
会社を出た私たちはふたりで品川の街を歩く。
辺りは帰路につくサラリーマンやOLが足早に行き交っており、通勤ラッシュの時刻を知らせた。
「お店、そんなに遠くないから歩きでも平気?」
「はい」
歩きながらちら、と隣を見上げれば、その顔は頭ひとつ以上高い位置にある。
……やっぱり、背高い。
急がなくても歩くペースが合うことから、長い足は私の歩幅に合わせるように進んでいるのだろう。こういうところひとつからも、女性と歩き慣れていることが感じられた。
すると不意に、彼の視線はこちらへ向く。
「なに?よく見て。見とれちゃった?」
「いえ全く」
「照れなくてもいいんだよー?」
からかうようにへらっと笑う桐生社長に、私は意地を張るように顔を背けるとカツッと強く一歩踏み出した。
その瞬間、突然足元がガクンッとする感覚に体はよろけ転びかける。
「きゃっ!」
「わっ……っと、」
彼は咄嗟に腕を伸ばすと、そんな私の体を抱きとめた。
しっかりと受け止めてくれるその腕に、細く見えてもしっかりと筋肉がついているのだと知る。