甘いささやきは社長室で
桐生社長から買ってもらったパンプスをコツコツと鳴らしながらやってきたのは、靴屋から数メートル先にあった高層ビルの25階。
『ローズガーデン』と名前のついたそこは、その名の通り、一面にバラの花が飾られていた。
クリーム色の壁に真っ白なテーブルクロス、清廉さのなかに赤やピンク色のバラが美しく映える空間は、高層ビルのフロア内ということを忘れさせる。
数名のカップルや女性同士が食事を楽しむその店内で、通された席に桐生社長と向き合うように座った。
「いらっしゃいませ」
年配のウェイターは落ち着いた声で言うと、私と彼の前に水の入ったグラスを置く。
「マユちゃん、嫌いなものとかない?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。じゃあ旬の食材のコースで……飲み物は、僕はシャンパンにしようかな。マユちゃんは?」
手慣れた様子でドリンクのメニューを見せる桐生社長に、「ノンアルコールスパークリングのライムで」と答えるとウェイターは一礼をして席を後にした。
ちら、と見た周囲の席に置かれたパーニャカウダやカプレーゼから、イタリアンレストランなのだと知る。
いきなりふたりで食事という時でも、こんなオシャレな店を選べるあたり、彼の慣れをまた感じた。
「……オシャレな店ですね」
「でしょ。近くにお店はたくさんあるけど、マユちゃんと来るならまずはここかなーって」
白いライトの下で、にこりと笑いながら彼はグラスの水に口をつける。
ただそれだけの姿が、まるで映画のワンシーンのように見えるのだから、やはり綺麗な人なのだと思った。