甘いささやきは社長室で
「まぁ、こうして口実を作ってマユちゃんとデートも出来るしね。本当いい仕事だよねぇ」
ところが、そう見直したと同時にへらっとした笑顔の彼から発せられるのはまた浮ついた言葉。
……そうだ、こういう男だった。
マイナスからのスタートだから、少しいいところが見えただけですごくまともに感じられるけれど、ただのチャラチャラした男には変わりない。騙されるな、私。
そう一気に冷静になると、私はフォークを置き、グラスの中の飲み物を飲む。
ノンアルコールのカクテルは、ライムの味に炭酸がきいて、喉をピリッと刺激した。
「……そうですね、おかげさまで私もタダで食事が出来て嬉しいです」
嫌味っぽく言ってみるものの、その顔から笑みは消えない。
「あはは、給料天引きだよ?」
「え!?」
「うそうそ、冗談」
それどころかからかって見せる桐生社長にじろりと睨みをきかせると、彼は嬉しそうに笑ってみせた。
……笑う意味が、わからない。
全てがよくわからない人。
チャラチャラしてるだけかと思えば、実は真面目で、でもこうしてからかったりして。
だけど彼と向き合う時間も悪くないなと思えていたりとか、その笑顔の意味は、彼もこうして過ごす時間を楽しんでくれている証なのかなとか。
そんなことを考えて少しだけ嬉しくなってしまう自分の心のほうが、もっと意味がわからない。
氷の女王、なんて言われているけれど。意外と単純で、簡単な女なのかもしれない。
そんなことを思って、言葉には出さずに、炭酸で喉の奥へと流し込んだ。