甘いささやきは社長室で
会社に着きエレベーターに乗り込むと、もう慣れた様子で12階のボタンを押す。
今日も社長室の掃除から始めて、スケジュール確認、書類整理……やることは沢山だ。
頭の中でやることを順序立て考えていると、肩に下げていた黒いショルダーバッグからピロン、と音がした。
自分のスマートフォンは常にマナーモードにしてある。ということは、この音は……と取り出したのは、会社から支給された白いスマートフォンだった。
今までは常にオフィスにいるだけだったから携帯電話を支給されることはなかったけど、秘書となってからは必要なもののひとつとして桐生社長から渡されたものだ。
案の定先ほど鳴ったのはこのスマートフォンだったらしく、画面には一件のメール受信を伝えるメッセージが表示されている。
『差出人:桐生祐輔
本文:“ボヌール・竜宮”でモーニングメニュー食べてから出勤しまーす』
ボヌール・竜宮……って確か、取引先のひとつだった気がする。
到着した12階フロアで、まっすぐに社長室へ入ると、パソコンを起動させ、取引先リストで『ボヌール・竜宮』と検索をかけた。
すると思った通り取引先として表示されたのは、会社概要や主な取引内容、レストランの写真など……。
ってことは、また女性を誘って朝食ついでにモニターのようなことをしてもらっているのだろう。
……という口実で、朝から女性にへらへらしているだけなんだろうけど。
「なになに、『ボヌール・竜宮、首都圏を中心に5店舗を展開するフランス料理を主としたレストラン。価格帯は5000円からと比較的高額で各界の著名人も通う有名店』……」
リストに記載されていた内容を読みながら写真を見れば、茶色い外壁のその店舗は確かに大きく、有名店の風格を感じさせる。
こんないい店で朝から食事とは……いい身分だ。
帰ってきたときにどんと仕事を渡せるように、私は私で仕事をするとしよう。
そういつものようにテキパキと社長室の掃除をし、書類を確認しては仕分け……と仕事に励んだ。