甘いささやきは社長室で
黒塗りの外車の後部座席から降りてきたのは、今日は紺色のスーツを着た桐生社長。それに続いてひとりの女性が反対側のドアから降りて、なにやら少し会話を交わしている。
やっぱりまた女性とだった……。
予想はしていたものの呆れるような気持ちでふたりの姿を見る。
女性は私より少し年下だろうか。茶色いコートにえんじ色のタイツを合わせ、ヒールの低い茶色いブーツを履いた彼女は遠目から見ても華奢な印象だ。
色の白い肌に大きな目、前髪を切りそろえた栗色の髪が人形のようにとてもかわいらしい。
「かわいい人……」
思わず声に出した言葉に、つられるようにほのかも外へ視線を向けると「あー」と納得したように頷いた。
「あの子、あれでしょ?ボヌール・竜宮のお嬢様」
「えっ、そうなの?」
「そうそう。経営者としても優秀な人らしくてさ、おまけにあの見た目に性格も穏やかなお嬢様らしいよ」
説明をするほのかに、私は感心するように頷く。
「へぇ……よく知ってるね」
「超有名だよ。だってなにより、あの桐生社長の婚約者らしいし」
「えっ!?」
こ、婚約者!?
初めて耳にするその話に、思わず大きな声を出してしまう。
「あ、やっぱり知らなかったんだ。社長秘書だっていうのに情報に疎いねぇ」
「別に……仕事のこと以外はあの男のことなんて興味ないし」
「やだやだ、あんなイケメンと一日中一緒にいて仕事の事しか頭にないの?絵理らしいっちゃらしいけど」
ほのかがあはは、と笑うとエレベーターは一階に止まり、開いたドアからふたり乗り込む。