甘いささやきは社長室で



座敷を出て、出入り口前を通過して、自分たちがいた個室から正反対の位置にあるトイレへ向かう。

そして女子トイレに入るべく男子トイレの前を通り過ぎようとした、その時。



「あぁ、この分だと今夜も遅くなりそうだから」



男子トイレの中からはっきりと聞こえてきたのは、先ほどまで聞いていた低い声……そう、平山さんの声だ。

ここで電話してたんだ……まぁ、トイレが一番静かだもんね。がやがやとした店内と比べて静かなトイレの前で、そうなんとなく考えながらまた歩き出そうとした。



「だから、接待だって。接待。今日も部長に付き合わされててさ」



ところが続いて聞こえた声に、ピクッと足が止まる。



接待……?

なんのことだろう、とつい聞き耳を立ててしまうと更に声は続く。



「大丈夫、浮気なんてしないって。ほら、宏輝も泣いてるぞ。うん、じゃあな。おやすみ、愛してるよ」



その言葉から、彼の電話の相手が会社の人や友人なんかではなく、恋人……どころか奥さんなのだろうことは明らかだ。



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