甘いささやきは社長室で
「難しく考えないでお互い割り切って楽しもうよ。真弓さんだって意外とハマるかもよ?真面目な人ほど不倫ってクセになるらしいし」
「なっ……!」
奥さんを裏切っておいて開き直るその態度は、あまりにも女性を軽んじている気がして、ムカッとした気持ちが込み上げる。
その怒りをぶつけるように声を荒げそうになった、瞬間。
「うんうん、恋は障害があるほど燃えるよねぇ」
いたって普通に入り込む、その声が響いた。
「え!?」
驚きその声の方を振り向く私と、平山さんの目の前では、にこにこと笑顔を浮かべた彼……桐生社長の姿がある。
って、なんでここに桐生社長が!?
私と同じく驚いているのだろう、『誰?あ……桐生社長?』と現状を把握しながらぽかんと口を開ける平山さんに、桐生社長は笑顔のまま肩をぽんと叩く。
「けど、不倫して奥さんや子供悲しませるのはダメだと思うなぁ。佐々木食品の平山主任?」
「え!?なんで俺のこと……」
「なんでだろうねぇ。でもそんなこと気にしてる場合かな?さっさとその腕どかさないと、お宅の社長に電話しちゃうよ?『そっちの社員がうちの秘書と不倫しようとしてますよ』って」
そう桐生社長が見せたスマートフォンの画面には『佐々木食品・佐々木社長』の名前と、11桁の電話番号。
遠回しに『離れろよ』と言うかのようなその笑えていない笑顔に、平山さんは自分の行く末を想像したらしく、引きつった顔で壁についていた手を離し私から距離をとった。
素直に従った彼に桐生社長はうんうんと頷くと私の腕を引き、その場を歩き出す。