甘いささやきは社長室で
「……ふぅ」
ため息混じりに息を吐き出し顔を上げれば、壁にかけられた時計は20時を指している。
窓の外はすっかり夜の景色となり、ビルの灯りや外灯が9月末のオフィス街を照らしていた。
今日の仕事、終わり……あとは明日の朝イチの仕事の支度をしておこう。
少し量が多かった今日の分の仕事を片付けるうちに、今日も気づけば残業してしまっていた。
自分しかいないフロアの中、デスクに書類を積み上げると、バサッという音だけが響く。
その時だった。突然背後のドアがキィ、と開いた音がしたかと思えば、背中になにか硬いものが当てられた。
「手をあげろ」
それと同時に響いたのは、男性の低い声。
って……え!?いきなりなに!?
突然背中になにかを当てられて、『手をあげろ』なんて、まるでドラマや映画のワンシーンのようなその光景に驚きを隠せない。
「殺されたいのか?早く。手をあげろ」
「……は、はい」
冷静な声で脅され、私は言われるがまま両手を上げる。
「名前は」
「……真弓、絵理ですけど」
「真弓……そうか、お前がか」
な、なに……?私のこと、知ってる?
強盗?いや、それとも企業のスパイ?
どちらにしても、このままでは私は無事では済まないだろう。どうしよう……いや、どうするもこうするも、やることはひとつしかない。