甘いささやきは社長室で
ほのかに『急な用事が入った』と説明をしてお店を後にした私は、桐生社長とともに彼が拾ったタクシーに乗り、夜の街を走り抜けた。
「……今日は来栖くんの運転じゃないんですね」
「勤務時間外だからね」
窓の外を通り過ぎる街の明かりを背景に小さく呟く桐生社長は、いつも通りの表情で、もう怒っているようには感じられない。
「あの……なんで、あそこに?」
「昨日マユちゃんの様子がおかしかったから、向井さんに聞いたんだよね。『マユちゃんになにか変わったことなかった?』って。そしたら『変わったことはないけど、珍しく合コンに参加してくれるらしいです』って教えてくれてさぁ」
って、ほのか!また余計なことを……!
昨日私が桐生社長をまじまじと見ていたことが、彼にとっては引っかかっていたのだろう。
それは婚約者の存在を知ったからであって、合コンの件は関係ないのだけれど……でも結果として怪しまれるきっかけとなってしまったらしい。
「ちょっと詳しく聞いたら男性陣のメンバーまで教えてくれてね。その時に聞いた平山って男がこの前子供産まれたって聞いた覚えがあって……嫌な予感がして来てみたら、案の定」
「うっ……」
「マユちゃんはああいう外面のよさそうな男に弱そうだと思って」
……読まれている。
私の考えや行動など、見透かしているのだろう。そのおかげで助かったけれど、素直に『嬉しい』とは言い難い。複雑な気持ちだ。