甘いささやきは社長室で
「立て。社長室まで案内してもらおうか」
「……はい」
従うように椅子を引き立ち上がった、その時。
背中に突きつけられたものが一瞬離れた隙に、私はくるりと体の向きを変えながら足を振り上げ、背後にいた男へ回し蹴りを食らわせた。
「ぐぁっ!!」
足は綺麗にその顔面に当たり、衝撃で男はよろけドアの方へとひっくり返る。
よし、今のうちに武器を奪って縛り上げて……、そう男が手にしている武器を見ると、それはプラスチックの小さな水鉄砲で……。
「……ん?」
あ、れ?
本物じゃなくておもちゃ?ってことは、もしかして……イタズラ、だった?
「いたた……いい蹴りだねぇ、お見事」
先ほどの冷静な話し方とはまったく違う、穏やかな口調で体を起こすのは、このイタズラを仕掛けた犯人である若い男。
グレーのスーツに身を包んだ彼は、30代くらいだろうか。少し長めの茶色い髪を左でわけ、通った鼻筋と二重の目と綺麗な顔を痛そうに歪めて笑う。
あれ、どこかでみた覚えのある顔……。
どこでだっけ。
あ、たしか今日の昼間。オフィスで、ほのかと見た……雑誌に、載っていた……。
そこまで考えて、ようやくはっきりと思い出す。
その顔は、昼間ほのかが見せた雑誌に載っていた顔とまったく同じだということ。
つまり私が回し蹴りを食らわせたのは、うちの会社の社長・桐生祐輔だったということで……。
そう気付いた瞬間、血の気がサーッと引く音がした。