甘いささやきは社長室で
「す、すみません帰ります失礼します!!」
とりあえず今はこの場から逃げよう!!
そう思い、私は手当たり次第に自分の荷物を抱えると、そのまま駆け足でフロアを飛び出した。
「え!?あっちょっと待っ……」
呼び止めようとしたその声も、微塵も聞こえないフリをして。
ま、まずい。
社長を蹴ってしまった。しかも顔面を、綺麗に見事に蹴ってしまった。
ていうか、なぜあそこに社長が?しかも不審者のフリなんてして……なんのために?しかも私に?
あぁもう、なにひとつ分からない。
大急ぎで会社を飛び出しながら考えるものの、頭の中は整理がつかない。
けれどひとつわかること。それは、まずいことをしてしまったということ。
この時の私はまだ知る由もなかった。
ひとり焦り逃げ帰るこの瞬間にも、私の平凡で平穏な生活が少しずつ変わろうとしていたことを。