『忍姫恋絵巻』
「いーや、だって才氷は、そいつの事…」
「……?」
そう言って口ごもる赤に、あたしは首をかしげた。
「織田は、着々と領地を広げて、ついにはこの徳川を狙ってくるらしいな」
すると、ずっと黙っていた春日局様が声を発した。
そして、春日局様はあたしの横に座った。
「織田には、1人で立ち向かっても勝てんぞ」
「!!」
それは、まるで心のなかを見透かされたような一言だった。
あたしが、1人で出ていこうとしてる事に気づいてる?
「実は、お前の事はお前の父上、才蔵から聞いていた。だから、影武者を引き受けさせたのも、才蔵がお前の心を立ち直らせる為だと勝手に考えてる」
「父上が、あたしを立ち直らせる為に?」
「あやつは、多くは語らないからわからんがな」
そう言って春日局は、小さく笑った。
「家光様は、人を癒す力がある。それを、才蔵も見抜いていたのだろう」
「そう……」
父上はいつもヘラヘラして、掴みどころがない人だったけど、先を見据えていた気がする。
「まぁ、今は休め。体を労り、これからの事を考えたらいい」
そう言って春日局は立ち上がり、部屋を出ていく。
「怪我、早く直してね、才氷」
「俺等はここにいるからさ」
家光と赤の笑顔に、あたしは泣きたくなった。
それを隠すように布団を深く被る。
「ありがとう」
優しくされると、弱くなったみたいに泣きたくなる。
すがってしまいたくなる。
でもあたしは……また、彼等を失う事が怖いんだ。