無垢なメイドはクールな彼に溺愛される
 その頃ユキはまだ大学生で、就職に悩んでいた。

 母と一緒に青木家のメイドとなるか、それとも一般企業に就職するか。


 もし一般企業に就職する場合でも青木家の主人にはこのままここに住んだらいいと言ってもらえたがそれはユキの母が許さななった。

 ユキの母はユキが一般企業に就職し青木家を出て独立することを望んでいたのである。

 お前までここにお世話になったら青木家に申し訳ないといって……。


 その日もユキは親友の陽菜乃に

『あんたみたいに優秀な子が、朝の五時から一日中、
 人の家の掃除に明け暮れるなんてありえないよ
 お母さんがそう言うなら自立したらいいじゃない』

 そう言われたりして、悶々と悩みながら青木家に戻ってきた。



 大きな正面玄関でなく、いつものように勝手口に回り、
 トボトボと庭を進んでいくと

 青木家の奥さまである真優の母が花壇に屈みこんで花の手入れをしていた。

 ユキに気づいた青木夫人は立ち上がり、いつも変わらない温和で優しい微笑を浮かべ 
『ああ ユキお帰り』と迎えてくれた。


 そしてその向こう側にいた青木家のお嬢さまの真優が、元気一杯『おかえりユキ!』と満面の笑みを投げかけた。


 色とりどりの花を咲かせているアネモネと、花に負けないほど美しい青木夫人の
優しい微笑。


 心の闇など弾き飛ばしてくれる明るいお嬢さまの笑顔。



 やはりここしか私の居場所はないと、ユキが心を振るわせた瞬間だった。


 その時、
 夫人が自分のお部屋に飾りなさいとくれた一束のアネモネをガラスの器に入れて撮った写真がユキのブログ「月下美人」の記念すべき一枚目となった。
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