籠姫奇譚
だが、おかしな事に誰の声もしない。
心なしか、快活な足音が自分の方へと近づいて来ている気さえする。
「こんにちは」
いきなり声を掛けられ、びくっと震える。
遙以外で話しかけてくる人間が居るとは思わなかった。
使用人でさえも、けして蝶子を善い目では見ようとしない。
元は遊女なのだから当たり前という気もするが。
振り向くと遙と同じくらいの歳の、だが彼と反比例した美しさを持つ青年がいた。
金髪に翡翠色の瞳、陶器のような肌、均整のとれた体つき、それはまるで西洋人形(ビスクドール)のよう。
華奢でまさに日本美というような遙と並べば、周囲の目を釘づけにすることだろう。
それにこの辺では異端な容姿すぎる。
圧倒されてこちらが何も言わないのに気付いたようで、苦笑いを浮かべる。
「驚かせてごめんね。遙の友人の瑪瑙(めのう)っていうんだけど、今は仕事中?」
「……はい。遙さんに御用でしょうか?」
そう聞き返すと、「まぁそうなんだけどね」とため息をついて、瑪瑙は蝶子の横に腰を下ろした。
まるで自分の家のように慣れている。
「そういえばまだ君の名を聞いてないね、お嬢さん」
冗談交じりの口調でもけして嫌味では無い。
そんな彼の態度に自然と好感が持て、緊張が解ける。
「蝶子……と呼ばれております」
「呼ばれてる?じゃあ本当の名では……」
「瑪瑙」
突然の遙の声に、瑪瑙の言葉は遮られた。
どうやら仕事に片がついたらしい。
「僕に用事があるんじゃないの?」