籠姫奇譚
蛹の章
時は明治。
ある絵師と遊女の心中事件があった。
不思議な事にその死に顔は、男も女も、微笑んでいる様だったという……。
それはまだ風光る春のこと──…
「あげは、あんたの水揚げが決まったよ」
此処は『篭女楼』と呼ばれる、吉原の中でも美しい遊女が多いと評判の遊郭。
ここでは遊女の事を【籠女】(かごめ)と呼び、花魁を【籠姫】(かごひめ)と呼ぶ。
「………」
あげはと呼ばれた少女は、長い黒髪、雪の様に白い肌、熟れた林檎の様な紅い唇をした、まさに可憐という言葉に当てはまる美少女だった。
少女は無言で、目線だけをゆっくりと動かした。
「なんだいその目は。あんたを一目で気に入ったって旦那様がいてね、引き取らせてくれって大金積まれたんだ」
女将は、そこまで言うと、はぁ、と深いため息を吐いた。
「気に食わないだろうけど、お前は幸運なんだ。籠姫ならともかく、籠女が娑婆に出られるなんざ、滅多な事じゃないんだからね。せいぜい幸せにおなりよ」
美しさなら篭女楼一と言っても過言ではない彼女だが、彼女には籠姫になれない理由があった。
彼女を買った客は必ず、口をそろえて言うのだ。
「反応がなくてつまらない娘だった」と。