籠姫奇譚
心配そうな瑪瑙に手を振り、足早に天道寺邸に戻る。
門前にゆらりと人影が揺れた。
蝶子は一歩後ずさる。
「おかえり。遅かったじゃないか」
遙の声は今までに聞いた事のない、鋭く、他人を責め立てる声だった。
「すみません。勝手に抜け出してしまって」
頭をさげて謝ると、彼は微笑み、いつもの優しい声で言う。
「いいんだよ、そんなこと」
「え?」
蝶子は顔を上げ、遙の顔色を伺う。
「僕が聞きたいのはそんなことじゃない。君が何処に行ってたのか、だよ」
微笑んではいるが、彼の目は笑っていない。
「ねぇ可愛い蝶子。一体誰の家に上がりこんでたのか、教えてくれないか?」
恐い。
いつもの彼じゃ……ない。
「くす……くすくすくすっ」
恐怖から足がすくみ、震え出す。
「喋らないつもりなんだ。じゃあ、代わりに僕がいいことを教えてあげる」
遙の口が、歪に笑う。
「君はもう瑪瑙とは会えない。死ぬまで、ね」