チェロ弾きの上司。
……でも。
だめなんだ。

「大変ありがたいお話ですが……お断りさせていただけないでしょうか……。あたしは今のまま、事務職がいいと思ってます。お給料は安くて構いません」

「望月にしては、はっきり言うじゃないか」

心外だ、という口調だ。
それはそうだろう。
せっかくのキャリアアップの話、断られるなんて思っていなかったはずだもの。

真木さんの機嫌が悪くなるのがわかった。

……あぁ、怒らせちゃった……。


「今のままでいい、か。もう少し向上心のある奴だと思ってたんだがな」


……胸が抉られるような気がした。

ーーー軽蔑された。

それが、こんなにつらいなんて。

でも、あたしには、プライドよりも大切にしようと決めたものがある。


「断るなら理由をつけろよ。オレが納得できるだけの理由を」


冷たい口調に、胸がキリキリと痛んだ。

どう話せばいいんだろう。

少し考え、
緊張しながら、
彼の目を見て、
口に出した。


「……仕事と私生活のバランスは今がベストだと思っていますので」

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