チェロ弾きの上司。
「真木さんからすれば、気楽に仕事してるように見えてるかもしれませんが、事務にはそれなりの苦労もありますので、後任の方にはそういうことはおっしゃらないでくださいね。

それから、結婚云々の話も、セクハラ発言と捉えられる可能性もありますから、控えられた方がいいと思います。

個人的なことですが、結婚して楽しようなんて考えたことありません。結婚できるかどうかさえわかりませんし。

あたしは今の生活を自分で選びました。贅沢な暮らしができなくても、将来貰える年金が少なくても、責任は自分でとります」


声は震えてたけど、頑張ったと思う。


先に視線をずらしたのは、驚くべきことに、真木さんの方だった。


「……悪い。今の発言は取り消す」

すごくバツの悪そうな顔だった。

「許せないなら、社長にでも、しかるべき機関にでも、」

あたしは首を横に振り、その言葉を遮った。
「……ありがとうございます」


「今日はもう帰っていい」


あたしは、失礼します、と深く頭を下げ、応接室を出た。

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