チェロ弾きの上司。


月曜日。
真木さんの機嫌が悪い。
当たり前か……。
従順な飼い犬に手を噛まれたんだもの。

表面上は今までと変わらずに仕事をしてるけど、真木さんとあたしの間には、明らかに距離があいた。
交わす言葉は少なくなったし、仕事の指示がメールで来ることさえ、ある。


それより、問題はあたしの音楽に対するモチベーションだ。
土曜から火曜まで、楽器には触ってもいない。

そうして迎えた水曜日、オケの練習日。
こんなに楽器を弾き、音楽を聴くのが苦しいのは、初めてだった。

早瀬先生が曲を止めた。

「三神、4分やる。弦の表(オモテ)修正して」

今はサン=サーンスのオルガン付、第1楽章第2部の後半。ファースト、ヴィオラ、チェロのオモテが、ゆっくりと美しいメロディを奏でる部分。
あたしはありがたいことにオモテをいただいたので、このおいしいメロディを弾ける……んだけど。

聴くのと弾くのでは大違いで、フラットが5個もついてる調(変ニ長調)だから、非常に音程が取りにくい。しかも高音だから余計に。

以前から音程の悪さが問題にはなってたけど、本番まであと1カ月半。早瀬先生もしびれをきらしたらしい。
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