チェロ弾きの上司。

「おいっ、望月!」

人の声で目を覚ました。

ええと、下は硬い。冷たい。寒い。

あちゃー、やっちゃった。

でも。
この声、真木さんだ……。
よりにもよって……。

人の気配がして、上半身を起こされる。
不覚にも、男の人に抱き締められるのって、気持ちいいんだなぁ、なんて思ってしまった。
あったかくて、安心できて……。
ほのかに香水のいい香りもするし……。


冷たっ!

頬にひんやりした手が触れた。
その冷たさに我に帰り、慌てて目を開ける。

視界には、真木さんのブランド物のベージュ色のスプリングコート。

何考えてたの、自分!
これ、真木さんだから! 上司だから!
抱き締められてるんじゃなくて、抱き起こされてるだけだし!
寝ぼけてる場合じゃない!


「よかった、生きてた」

ほっとした声が頭の上から声が降ってきた。

「大丈夫か? 病院行くか?」

いつもより優しい口調で話してくれて。

あたし達の間の距離感が、前のものに戻っているのがわかった。

なぜかすごくほっとした。

急激に気分が上昇していく。
何これ。

呼吸法やら、食事やら、運動やら、瞑想やら、ありとあらゆる鬱気分対策を試したけど、ひとりの人の優しい言葉や態度でこんなに気分が晴れる、って、何。

< 116 / 230 >

この作品をシェア

pagetop