チェロ弾きの上司。
「それには及びません。うっかり廊下で寝ちゃって……」

声がガラガラだ。

「寝てたんじゃなくて、倒れてたんだろ!」

わっ。至近距離で怒鳴られると、耳がキンとするから、やめていただきたい。
耳は大事にしたい。

「三神の奴がさっき、人間いつ死ぬかわからないなんて言うから……タイムリーすぎて、正直びびった……」

ああ……三神さんのご両親は、亡くなってるものね……。

「何か持病でもあるのか? 病気か? 発作か?」

「……ただの貧血です。毎月のものですので、お気になさらず」

「……あぁ」

通じたらしい。
真木さんは気が抜けたような声を出した。

きっと今、
『何だ、そんなことか』とか、
思ってるに違いない。

あたしはゆっくり立ち上がる。

うん。行けそう。
倒れてる間に血が造られてたらしい。

あたしはオフィスに向かってゆっくり歩き出す。
真木さんが後ろからついてきた。

「毎月こんななのか……?」

「……ここまでではないです。ちょっと今回は重かったですね」

「何でそんなに冷静なんだよ。慣れてるのか?」

「長いですからね、自分の体との付き合い」

「その……いつからだ」

「高校生くらいからでしょうか」

「調子悪いのは月にどれくらいなんだ」

生理前1週間と、生理中1週間。
さらに排卵日前後。
「2週間くらいですかね」

「半分じゃないか……」

信じられない、という声が聞こえた。

そうですね。月の半分。ここ10年の人生の半分。

「医者には診てもらったのか」

「はい。幸い病気ではありませんでした」
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