チェロ弾きの上司。

響也さんが振り返る。

その顔は、真剣で。

夕陽が響也さんとチェロケースをキラキラ輝かせていて。

いつか。

響也さんと、あたしと、子どもで、この道を散歩したいな、と思って。

その姿を想像したら、じわじわくるような幸福感が湧き上がってきて。

やだ。涙出てきた。

あたしは慌てて、
「はい」
って言った。


「それって、Yes、ってとるけど、いいな?」


「はい。そういう意味の、“はい”、です。響也さんとの子ども、欲しいです」


響也さんが、ふわっと笑った。

「よかった。……って、また泣くのか」

「だって……」

あたしは恥ずかしくて、先に歩き出した。

「何で今なんですか?」

「あいつの演奏きいて、覚悟が決まったっていうか。勇気をもらった……って恥ずかしいこと言わせんなよ」

……確かに、聴く人の心に、覚悟を決める勇気を与えてくれるような演奏だった。

「それに、演奏会の後でテンション高い勢いで言わないと、言えそうにないだろ、こんなこと」

隣を並んで歩く響也さんの顔は、少し赤い。
多分夕陽のせいだけじゃないっぽい。

「今まで、そんな素振り全然なかったじゃないですか」

「お前、オレに愛されてるのと、三神の彼女に化粧してもらったおかげで、このところモテ期が来てるみたいだからな。早めに確保しとくことにした」

そんな心配いらないのに。
なんてことは秘密にしておこう。
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