チェロ弾きの上司。

「……テンポが、いつもよりゆっくりでいらっしゃるので……」

真木さんは小さくため息をついた。

「オレだって、四六時中セカセカしてるわけじゃない」

そうですか。
それじゃ、家じゃどんな風なんだろう。

「それがそんなに驚くことか」

「それはもう……。最近チェリビダッケのロメジュリ聴いたんですけど、それくらいの衝撃です……」

チェリビダッケってちょっと昔の指揮者はテンポがゆっくりめなことで知られてるんだけど、あたし、実際に聴いたことなかったのよね。
それが最近、チャイコフスキーの『ロメオとジュリエット』のCD聴いて、ほんとにゆっくりで衝撃を受けたので、誰かと共有したくて、思わずそんなことを言ってしまった。
だって、一般的に20分くらいの曲を、28分くらいかけてやってるのよ!


「……アホだな、お前」


真木さんが、いつもみたいに冷たい言い方じゃなくて、笑いながら言ったものだから。

思わず顔を見てしまって。


綺麗な顔が、あたしを見て、楽しそうに笑ってる……。

< 67 / 230 >

この作品をシェア

pagetop