それぞれの崩壊
パチンッ、と、指を鳴らす音が聞こえて、僕は現実に引き戻された。

「気分はどうですか?」

あの爽やかな声が話し掛けてくる。僕は無言で頷いた。

「逆行催眠によるカウンセリングを行いました。少し荒療治だとは思いましたが、上手いいったようですね。」

…上手くいった?
…何が?

「あなたの頬に流れているその涙。それがカウンセリングが上手くいった証ですよ。それを我々はカタルシスの涙と呼んで…」

…カタルシスの涙?これがか?

「ええ、あなたの心の蟠りが溶けて出てきた、浄財の涙ですよ」

僕はなお無言で、ソファから立ち上がった。

「どうされましたか?」

カウンセラーはキョトンとした目で僕を見ている。

これがカタルシスの涙だと?

違うよ。

これは

悲しみの涙だよ。

死なせて貰えなかったから

悲しくて泣いてるんだよ。




そう呟く僕の足元に、スラリとした紳士の死体が転がった。

「要らないモノを、思い出させてくれましたね」

僕は血のついた木槌を投げ捨てると、診療所を出た。
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