それぞれの崩壊
事前に調べてあった母の家は、ボロボロのプレハブ小屋のような家だった。

もうすぐ終わる。

僕は完成品になるんだ。

僕は懐から包丁を取り出し、右手にしっかりと握り締めた。

錆び切った門を開けようと、手を伸ばした。

その手が掴まれた。


僕の顔は凍り付いた。

「何故…君が…?」

そこにいたのは、あの看護士だった。

「町でたまたま貴方を見付けて、行動がおかしいからついて来たのよ。ねえ、説明して。その包丁は何?それから、その返り血は…?」


途端に、僕は正気に戻された。それと同時に、体中に冷汗が滲み出してきた。一番見られてはいけない人に、見られてしまった。

狼狽する僕を見て、彼女はただならぬ状況を感じ取ったようだった。そしてきっぱりと言った。

「貴方がどうして包丁を持っているのか。この家に誰がいるのか。そんな事はどうでもいいわ。」

僕はもうどうして良いか分からなかった。

「私は貴方が一番幸せになれば良いの。だから、私何も口だししないわ。もしも、今からその包丁で貴方が人殺しをしたとしても、私は貴方を嫌いにはならない。」

僕の目から生温いものが落ちてきていた。彼女がそれほどまでに自分を大切に思っていてくれた事が嬉しかったのもあるが、それ以上に彼女が哀れだった。自分のような男に関わってしまったが為に、彼女の人生の歯車は狂ってしまったのだ。

どうすれば良い?僕がどうすれば、彼女は救われる?

考えれば考えるほどに僕の頭は混乱して、答えなど出そうになかった。
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