不器用ハートにドクターのメス
神崎がアクセルを踏み、車が発進する。
ぐん、と体に軽い遠心力がかかるのを感じながら、真由美は目を大きく開く。
今……先生は、なんて……?
言われた言葉を、数秒後にやっと理解し、真由美は悲鳴を上げそうになった。
似合うな。似合うな。似合うな。脳内で何度もリピートしてしまい、暴れる心臓をおさえるために、真由美は膝の上で、握り拳をつくる。
スカートにシワが寄る。息が苦しい。膝小僧が、こそばゆい。
体温を上昇させながら、先生こそお似合いです、と心内でつぶやく。
神崎の今日の服装は、白いシャツに、濃い藍色のジーンズ。
とてもシンプルかつカジュアルで一般的なものだが、どうしてか、特別な衣装のように、真由美の目には映る。
お父さんとは、違う。そう思って、真由美はさらに強い力で、スカートを握りしめる。
……お父さんじゃない。男の、人。
ますます意識してしまい、乱れていく脈拍。
とにかくいったん落ち着こうと、真由美はそっと、深呼吸をする。
鼻の奥を、独特な香りが押した。甘さのない、スパイシーな香り。この間かいだばかりの、好きな香りだ。
うっかり右を向いてしまわないよう首の筋肉を収縮させながら、真由美は、流れゆく車窓の景色を見る。
いくつもの家。建物。木々。晴れた日に見る緑は、生き生きと息づいていて、晴天下の空気によく映えている。
しかし、それらの情景を、悠長に楽しむ余裕は、真由美にはなかった。
もうすでに、一日分のエネルギーを全部使ってしまったように感じながら、真由美は銅像のように、助手席でカチコチに固まっていた。