不器用ハートにドクターのメス

くちびるに、そうっと触れてみる。

とたん、先ほどの出来事が脳内再生され、真由美はくちびるから手を離し、腕ごとばしゃっと、湯の中に放った。


『……おやすみ』

「う……」


色香を含んだ低い声をまざまざと思い出してしまい、真由美は短くうめくと、すぶすぶと、顎先から湯に沈んでいく。


……キスを、してしまった。


あの瞬間は、脳みそが容量超えを起こして、何が何なのか、全く理解できなかった。

数時間経過した今、真由美の頭は、やっとその事実を認識し始めていた。

突如訪れた、人生初のファーストキス。

キスの感触。温度。くちびるにかかった息。

経験値からっきしゼロな真由美にとって、それらはあまりにも、刺激が強すぎるものだった。

それに、思い出すのは、キスのワンシーンだけではなかった。助手席から見る横顔。照れた顔。ほころんだ笑み。

デート中に目にした映像が、いくつもいくつも、湧き上がるように再生され、ひっきりなしに神崎の姿ばかりが頭に浮かんできてしまう。

どういうつもりで、先生は……

そこまで考えて、ちがうちがう、とかぶりを振り、真由美は顔を丸ごと、熱い湯に浸した。

……ちがう。今日のデートにも……キスにも。べつに、深い意味なんてないんだ。

はっと顔を上げて息継ぎをし、真由美は自分に言い聞かせる。

先生が出かけようと誘ってくれたのは、単に、わたしが落ち込んでいたからだ。

仕事や人間関係のことで悩んでいると相談をしたから、元気づけようと思ってくれただけだ。

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