不器用ハートにドクターのメス
この時間帯、5階の照明は落とされ、辺り一帯は水をうったように閑散としている。
夜間に緊急オペが入っていたときには忙しない空気が立ち込めるのだが、全く音がしない様子から、昨夜はなんの異常もなかったであろうことがうかがえる。
静かであるがゆえ、自分の声がやけに響いて聞こえるなぁ、と真由美は思う。
声と、あとは秒針の音だ。
カチッ、カチッ、と刻まれる音はイコール、オペの開始が近づいている足音と同意であり、真由美の緊張と不安は、毎秒ごとに膨らんでいく。
それを打ち消すように、ほんの少しだけボリュームを上げてつぶやきを続けていると、突如、背後でドアが勢いよく開かれる音がした。
何事かと振り返り、真由美は息を呑む。
事務室のドアのところに、自分が今、一番恐れを抱いている人物ーー神崎敬一郎が立っていた。
「……福原か」
「……っ、」
「暗い中で、何ブツブツ呟いてんだ」
突然の登場と、自分に向けられた吐き捨てるような低い声に、真由美は数センチ、肩の位置を上げた。
事務室には、電気が点いていなかった。
勝手に早く来て、半人前の自分一人のために電気を消費するのは申し訳ないという思いがあったため、真由美は薄暗い中、パソコン一台だけを立ち上げて予習に励んでいたのだ。
「電気くらい点けろよ」
固まっている真由美を、冷静な視線で見据えながらそう言って、神崎は一歩、事務室に足を踏み入れた。
入職時から、神崎には尊敬と畏怖の念を抱いていた真由美だが……この間初めてオペにつかせてもらい、こてんぱんに怒鳴られてからというもの、ますます、神崎に対する恐れは強まっていた。