不器用ハートにドクターのメス

人嫌いの神崎にも、一応、年上を立てるという常識は備わっているため、話をスルーしたり、邪険に扱うようなことはできない。

さて、今日はなんの苦情かそれとも愚痴か。

うんざりしながら飛んでくる言葉に対して心構えをしていた神崎だが、師長の口から飛び出したのは、神崎に対する文句ではなかった。


「はい、勤務表」


あっさりした言葉とともに、紙が差し出される。

それは言葉の通り、手術部の勤務表だった。

勤務表が出た際は、いつもたいてい宿直室のドアに貼られているのだが、なぜか今回は、師長が預かっていたらしい。

紙を受け取る。と、指先がずれて、神崎は眉をひそめた。


「……これ、なんで二枚あるんですか」

「オペ看の分よ」


まるでお前が間違っているとでも言わんばかりに、師長は食い意味に答えた。


「これ見て、もうちょっとオペ看の名前を覚えてほしいの。神崎先生、オペ看にたいして毎回 “ お前 ” 呼びでしょう」


……やっぱり苦情がきたか。

思わず、素で舌打ちしてしまいそうになるのを、神崎は堪えた。

興味のあることなら覚えるのだが、神崎は基本的に、人の名前を覚えることが苦手だ。

オペ看の人数は60を超す上、入れ替わりも激しい。

さすがに数年勤めている人間の名前は覚えられるが、新人の代は全くと言っていいほど覚えられていない……というかはなから覚える気は、神崎にはなかった。

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