不器用ハートにドクターのメス
◇ ◇ ◇


大学病院は何棟にも分かれており、それぞれの棟は、連絡橋で繋がっている。

手術部がある東館には、ほかに外来や急性期患者を扱う部署が入っていて、対になる西館は、主に慢性期患者を扱っている。

真由美が連行されたのは、その西館の一階にある、旧書庫だった。

旧書庫は、電子化前の紙カルテや、医学関係の書籍が置かれている、そう頻繁に訪れる機会がない場所だ。

奥まった位置にあることにくわえ、建物自体が古く窓もないため、逃れられない密室感が強い。

こんな場所に連れてこられるなんて、これから自分を待っているのははたして追い剥ぎか罵倒か。

戦々恐々していた真由美だったが、神崎が真由美に申しつけたのは、意外にも、本の整理という健全な命だけだった。

研究発表に際して使った医学雑誌を、刊行日順に、棚の元の場所に戻してほしいということらしい。


「昨日緊急オペ入って寝てなかったら、コンタクト調子悪くなってろくに見えねーんだよ。今日中に返すって言っちまってるから、頼む」


神崎は、眉をひそめて、目をしばたかせながらそう言った。

どうして神崎がこんなに早い時間に来ているのか、真由美はこっそり疑問に思っていたのだが……なるほど合点がいった。

早く出勤していたわけじゃなく、夜勤だったのだ。

いや、もしくは呼び出されたのかもしれない。

心臓外科医は他の科のドクターと比べて人数が少なく、泊まり込んだり、家にいても呼び出されたりすることが多いということは、前からウワサに聞いていた。

< 19 / 260 >

この作品をシェア

pagetop