不器用ハートにドクターのメス

ぐっと胸元をつかんで、真由美は思う。

夢と思いこむなんて……無理だ。

だって覚えてる。頭をくしゃっとされることとか、かけられる低い声とか。自分に向けられた笑みとか。


……一度覚えてしまうと、だめなんだなぁ。


西館に入っていってしまい、神崎の姿は、もう見えない。

窓に指先を添えて、真由美はくちびるを内側に巻き込む。そして、思う。


一度味わってしまったものがなくなると、とてつもなく寂しく感じてしまうんだな。

叶わない恋の相手と同じ職場って、つらいんだなぁ。

たくさんのことに、真由美は気づいていく。気づくたびに、胸の痛みと苦しさは増す。

知らなかった。今まで知らなかった。


「……っ、」


恋をすると、ここまで涙腺が弱くなってしまうこと。


ただ、遠くから姿を見つけただけで、こんなにも切ない。

でも、廊下で泣いてしまったりしないように、真由美は必死に、目に力を込めた。




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