不器用ハートにドクターのメス
◇ ◇ ◇


空気を吸い込むと、鼻の奥がツンとする季節になった。

今年は例年より気温が低いらしく、半月後にやってくる恋人たちの一大イベントは、記念すべきホワイトクリスマスになるのではないかと、テレビのニュースでは頻繁に取り上げられている。

しかし、空調の効いた室内は快適で、底冷えするような寒さをすっかり忘れさせてくれていた。

その日、オペの器械出しを全て終えた真由美は、事務室のパソコンと向き合っていた。

パソコンの画面には、小さな文字がこれでもかと並んだオペマニュアルが映し出されている。

目をしぱしぱさせながらその文字列を見つめていると、背後でガタリと、扉が揺れる音がした。


「……あっ」

「お疲れ」


さらりとそう言って事務室に入って来たのは、オペ着の上に白衣を羽織った、神崎だった。

突然の登場に心臓をどきりと鳴らし、真由美はマウスを動かしていた手を止める。


「今日は待機室じゃないんだな」


オペを数件終えたあとであるというのに、神崎のたたずまいに疲労は感じられず、精悍な顔は全く崩れていなかった。

凛とした雰囲気をまとってこちらに近づいてくる神崎に、真由美はこくりと、うなずきを返す。


「はい……あの、係の仕事をしなくちゃいけなくて」

「係の仕事?」

「マニュアルの再作成を……」


医療は日々進歩する。その言葉のとおり、オペの手技や器械の中には、どんどん変化していくものがある。

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