不器用ハートにドクターのメス
◆ ◆ ◆


自分が恋に落ちることなんて、一生ありえない。あるわけがない。

少し前まで、神崎はそう思っていた。

女なんて人生において優先すべきものではない、適当に欲を発散できればそれでいい――そんな風に考えていたことが、今となっては逆に信じられない。

どこで何をしていても、相手のことをつい考えてしまう。

さもすれば熱病のようなその症状は、決して疎ましいものではなく、いつだって心を温かくする。


……さすがに早く着きすぎたか。

道脇に寄せて、停車させた車の中。腕時計の針が、待ち合わせ時刻よりはるかに早い時間を示しているのを見て、神崎は苦笑を禁じえなかった。

今日これから神崎は、日常の生活エリアより少しばかり離れた旅行の地に、向かうことになっている。

その相棒である真由美を、現在、迎えに来ているところだ。

深く息を吐いて座席に寄りかかり、冬場らしい白っぽい雲がたちこめた空を見上げながら、神崎は思う。


本当なら、クリスマスディナーを実行してやれればよかったんだが……。


いかつい見た目とは違い、真由美の中身がものすごく乙女であることを、神崎はもう、重々知っている。

真由美は可愛いもの好きであるし、ロマンチックなことを好む。

クリスマスやバレンタイン、そういったものを恋人と過ごすのに憧れを抱いていることにも、なんとなく気づいていた。

気づいていただけに、休みを取ってやれなかったことが口惜しい。

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