不器用ハートにドクターのメス
きっと空目だ。だってまさか、あの気の強そうな女が、抱きしめられた程度で照れたり、動揺するわけがないだろう。
もしかすると、許可なく触れられたことに腹を立てたのかもしれない。それが一番有力な気がする。
あれこれと考えを巡らせている間に、朝礼は終わっていた。
近寄ってきたオペ看や事務員と、患者のことやカルテのこと、いくつか情報交換をしてから、神崎はその場を動く。
まずは午前中に一件、弓部大動脈置換のオペが入っている。吻合箇所が多い、難易度の高いオペだ。
弓部大動脈は、脳への血流を確立している場所であるため、長引けば脳へのダメージが大きくなってしまう。
そのため、成功はもちろん、手技の速さもかなり重要になってくる。
さて、と首を鳴らし、神崎がオペ室の立ち並ぶ空間への入り口、自動扉へ足を向かわせたときだった。
「……神崎先生」
突如、目の前にぬっと、横からスライドする形で、真由美が姿を現した。
奇妙な現れ方と不意打ちの来襲に、神崎は眉を上げ、目を見開く。
「昨日は失礼な態度をとった上突然去ってしまいすみませんでした」
アゴを引き、肩をいからせ……まるで文句をつけてくる不良のような様相で、真由美は一息に、そう言い切った。
まるでビデオを倍速再生にしたような、高速早口のセリフだ。
実のところ、真由美は昨晩から神崎に謝ろうと、前もってこのセリフを考え、何度も練習し、かなり緊張しながら本番にいどんでいるのだが……そんなことを、神崎が知るはずもない。
神崎の目には、真由美がただ、突然怒り調子で臨んできたようにうつった。