不器用ハートにドクターのメス
無意識にため込んだ疲労は、ホッと気をゆるめた瞬間に、一気に自覚するものだ。
地獄の時間が終わった安堵に脱力した真由美は、膝折れを起こしそうになりながら、誰もいなくなったオペ室で、使用済みの器械を集める。
オペ後に器械の数が足りているか確認することは、決して欠かしてはならない大切な作業だ。
もし気づかず、患者の体内に残して放置していた……なんてことになったら、重大な医療事故である。
数が全部そろっているか入念に確認し、滅菌専用のコンテナに詰めると、自動搬送機に乗せる。
あとは搬送機が勝手に滅菌室へと送ってくれるので、真由美の役目はここで終了だ。
軽くよろめきながら、他スタッフから数分遅れをとる形でオペ室を出る。
オペ室外に出ると、本当にオペが終わったのだという実感がいよいよ込み上げてきて、終わった瞬間よりもさらに筋肉がゆるむ。
ほう、と温かい飲み物でも飲んだ後のような息をつこうとした……
が、真由美はすぐに、出かかっていたそれを呑み込んだ。開いた自動ドアの向こうに、一人の男性が立っていたからだ。
オペ着の上に白衣を羽織り、廊下の壁に気だるげにもたれるその男性は――神崎敬一郎。
さきほど真由美を殺さんばかりに怒鳴りつけていた、心臓オペの執刀医だった。
神崎から鋭い視線を送られ、たじろいだ真由美は、ぐっと、自身のアゴを引く。
アゴを引くのは、真由美が緊張したときの、無意識のクセだ。
けれど、その動作によっていっそう目つきが悪くなるため、ケンカを売っていると相手に勘違いさせてしまうのだが、真由美本人にはケンカを売っている自覚は微塵もない。