不器用ハートにドクターのメス
その日、真由美が家についた時刻は、午後8時すぎだった。
本当はもう少し病院に残ろうと思っていたのだが、神崎に早く帰れと言われたことが、勉強のよい区切りとなったのだ。
「……よし!!」
夕食を終え、早々と入浴を済まし、パジャマ姿となった真由美は、自室の座卓前に正座する。
広さ五帖、南向きの真由美の部屋は、特徴を一言で説明するならば、ピンクだ。ピンクだらけだ。
カーテンは淡いピンクのチェックであるし、ベッドカバーもピンク色。そして部屋のところどころに、お気に入りのキャラクター、クマーヌが据え置かれている。
微妙なネーミングのそのキャラクターは、例の反省ノートの、表紙イラストのクマだ。
幼い頃、父親にこのぬいぐるみを買い与えてもらってからというもの、真由美は浮気をせず、ずっとクマーヌ一筋で生きてきた。
ちなみに、真由美が着ているパジャマも、たいへんラブリーなピンクドット模様である。
ダボついたヤンキースウェットが似合いそうな真由美には、ちぐはぐ感が半端ない衣服だ。
自分でもいろいろ乙女すぎるとはわかっているけれど、人様に迷惑をかけるわけじゃないから、自分の部屋でくらい、自分を解放してあげてもいいかなと、真由美は思っている。
真由美は、とにかく可愛いものが好きなのだ。自分に可愛いという要素が全くない分、よけいに憧れが強いのかもしれない。
そのピンクだらけの部屋で、クマーヌに見守られながら、真由美は教科書を開く。
早朝だけでなく、寝る前に復習と予習を行うことも、ド真面目な真由美の習慣の一つだ。