いつか孵る場所
日も暮れて、ハルはようやくPCを閉じる。

「お疲れ様」

大竹がやって来た。

「お疲れ様です…」

また足が震える。

「今日、飲みに行こうよ」

「すみません、今日は約束が…」

「何?誰?」

「友達です、女の。会社前で待ってくれているはずなので失礼します」

慌ててハルはオフィスを出た。

更衣室に向かうまで震えが止まらない。



「ハルちゃん!」

残業で少し遅くなったが、何とか約束の時間に会社を出た。

「桃子さん、急にごめんね」

「いいの!至さんは今日、出張で帰って来ないから」

桃子は仕事帰り、ハルの会社までやって来た。

遅出の桃子の定時とハルの残業終了がさほど変わらなかった。

「バイク、駐輪してあるからこの近所でいいかしら?」

桃子は目の前にあるビルを指差す。
飲食店が多数入る複合ビルだ。

ハルは頷く。



大竹の行動の事で誰かに相談したくなって昼休みに桃子に会えるかどうか連絡した。
桃子は即答でOKを出してハルの会社前で待つ、と言ってくれた。



「…」

ビルの中を歩いていると、桃子は何度か後ろを振り返る。

「…うん」

「桃子さん?」

「ハルちゃん、5秒歩いて180度ターンで一度元来た道を戻ろう」

「えっ…?」

「いいから、私の言う通りに」

そして桃子は小さく1、2、3、4、5と数えた。

振り返り、歩き出すと慌てて踵を返すスーツ姿の男性。

「あっ…」

ハルは一瞬、立ち止まりそうになるが桃子はハルの腕を掴んでグイグイ歩き出す

「桃子さん!」

「いいから!」



桃子はその男性を抜き去り、止まった。
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