いつか孵る場所
「淡路さん」

ハルはその声を聞いて舌打ちしそうになった。
ゆっくりと振り返る。

「はい」

大竹は意味深な笑みを浮かべてハルを見つめていた。

「今日、飲みに行こうよ」

「お断りします」

ハルは今までにない口調ではっきりと断った。
大竹の頬がぴくっと動いた。

「課長、本当に迷惑なので止めていただけますか?」

ハルは足元が震えるけれど、必死に踏ん張る。

「私には結婚前提の彼がいます。
どうかもう、構わないでください」

「あの医者?」

ふん、と大竹は鼻を鳴らした。

「どこがいいの?忙しくて彼女もまともに相手に出来ないんじゃないの?
そんな奴より俺と付き合えよ。後悔はさせないし」

ハルは大きくため息を吐くとスタスタと駅の方に向かって歩き始める。
大竹はハルを追いかけ腕をつかみ、人気のない路地に連れ込む。

「やめてください!」

そう叫ぶが大竹は止めない。
壁にハルを押し付けると

「そういう恐怖に満ちた顔もいいねえ」

ニヤリと笑う。

- 怖い!! -

大竹の手がハルの顎に触れようとした瞬間。

「イタッ…!!」

大竹は体を仰け反らせる。



「…こんな犯罪まがいの事をしたら、解雇されますよ」

淡々と語る透の声はいつもの甘さがない。
まるで氷の中にいるような、空気の冷たさを感じる。

透は大竹の手を思いっきり払いのけ、ハルを引き寄せた。
ハルの体が微妙に震えている。

「僕の女に手を出すな。次、もしこういう事があれば今の動画を会社に提出するから」

透は片手に持っているスマホをちらつかせた。
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