いつか孵る場所
「しつこい男は嫌だね~」

車の中で透は呟く。
ハルの手がいまだに震えているのを透はわかっていた。

「でも良かったよ、無事で」

「…ごめん」

ハルは俯いて下を向いたままだ。

「何で謝るの?悪いのはあの男でしょ?僕はあいつがハルに謝ってもらいたい」

透のため息が車内に響く。

「来週、仕事に行かなくていいと思うよ。
ハル、行くと自分の精神が崩壊すると思う。
いくら仕事が好きでもね、人間関係が良くないともたない、自分が」

「でも…仕事が」

「ハルが居なければ居ないで回ると思う。
それにまだ月末じゃない。ハルが特に忙しいのは月末月初でしょ?」

透はチラッとハルを見る。
納得いかない様子のハルに

「こういう言い方は好きじゃないけれど…」

丁度、信号待ちで車も停車した。
透はハルをしっかりと見つめ

「来週は行くな。それでも行くというなら僕は許さないよ」

こんな言い方、自分でも嫌で自分が傷つく。
透はふっと息を吐いた。

「…うん、わかった」

ようやく、ハルは観念する。
それを見て透は微笑み、片手でハルの頭を撫でた。


やがて、透のマンションに到着するともう日は暮れ、夜の闇が辺りを包んでいた。
部屋の明かりが穏やかで、少しだけホッとする。

透は崩れるようにソファーに座った。

「透…?」

ハルは急に座り込んだ透の異変に気付き、フローリングの上に座って透を見上げる。

「…うん、緊張の糸が切れたみたい」

透はそう言って顔を両手で覆った。
今日だけで色々あり過ぎた。
その思いが一挙に溢れてくる。

仕事とはいえ…あの赤ちゃんは自分の手で処置を中止した。
両親のことを思うと辛いし、悲しいし、やりきれない。

自分はそんなに立派な医師じゃない。
でも、次があれば頼りたいとか言われたら、たまらない。
今回、もし、まだ赤ちゃんがお腹にいる状態で病院に搬送されたら救えたんじゃないかとか。
今となってはあり得ない考えが浮かんでは消えていた。

また自分のプライベートでも。
ハルも今日、迎えに行けて良かった。
あんな奴にお持ち帰りされてたまるか、と思う。
何とか今回は無事だったけど、次の手をしっかり考えないといけない。

とりあえず、今日は終わり。
ここで一旦自分の気持ちに区切りをつけよう。

そう思ったら、涙か溢れて止まらなかった。
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