いつか孵る場所
- あ~あ… -

ハルは婦人科病棟の個室にいた。
とはいえ、普通の個室よりも設備が良い。
そんなことも目に入らないくらい、落ち込んでいた。
つわりが酷すぎて脱水症状を起こしていた。
先週、透と一緒にいなかったから余計にそうなったのだろう。
彼が居たらまず、そんなことにはなっていない。
ハルはそう思う。
とはいえ、電話で言って心配をかけるのも嫌だ。
彼の事だからクタクタでも必ずハルの様子を見に仕事帰りに立ち寄っていたはずだ。



職場で倒れてから気が付けばここで寝ていて、さっき産婦人科の先生がやって来た。
しばらく安静ということと、様子を見て退院になると思うけれどそれ以降の労働は禁止とのことだった。

「小児科が一段落したら、お腹の子のお父さんにもここへ来るように言っておきますね」

などと先生が病室から出るときに言われて大赤面だった。
そう言われてここが透の勤務する病院だということもわかった。

そして突然襲う吐き気。

- 散々だわ -

思わず涙ぐむ。



コンコン、とドアノックが聞こえ

「失礼します」

と甘くてよく知っている声が聞こえた。

「大丈夫?」

涙ぐむハルを見て透はハルの頭を撫でた。

「ずっと吐いてばかり」

思わず愚痴が出る。

「もっと早く言ってくれたら良かったのに」

透はハルの頬を撫でた。
1週間で3〜4キロは落ちていると思われる。

「ごめん、僕がもっとハルの傍にいれば良かった」

ハルは首を横に振る。

「透は患者さんの為に頑張ってるのに、それ以上の神経を使わせたくない。
私は私で自分で解決出来る事はしないといけないから。
私こそこういう結果になってしまってごめんなさい」

ハルは謝ると真っ直ぐ透を見た。

「透、聞いたと思うけど私のお腹には赤ちゃんがいるの。
先週、会社近くの病院で診てもらったらまだ胎嚢しかなくて…
夕方の外来後にもう一度、エコーを見てみましょうって…」

その瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。



「おや、透先生」

入ってきたのは産婦人科の江坂だった。

「ちょうどいい。透先生も一緒に来てください」

江坂が連れていったのは人気もまばらになった外来。

産婦人科の1診に三人は入る。

江坂はハルを診察台に上げると超音波検査を始めた。

「これが胎嚢です」

黒い丸をポインターで指す。

「これ、わかりますか?」

黒丸の中にチカチカ光るもの。

江坂の問いに透は頷く。

ハルは透に

「えっ、何?」

と聞くと

「心拍だよ」

透の解答に大きく江坂が頷くと

「その通りです。
妊娠確定です。おめでとうございます」

江坂が頭を下げて続ける。

「この光…。次にこのピコピコ光る心拍が消えるのはこの子が亡くなる時です。
この子はまだまだ小さいけれどしっかりと生きていますよ」
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