いつか孵る場所
10.駆け巡る時を越えて
− 5年ぶりか… −

透は田舎の風景が広がる空港に懐かしさを感じた。
怒涛の連続当直を乗り越えた金曜日。
久々にのどかな雰囲気を楽しんでいる。

「ハル、大丈夫?」

「うん」

少し気持ち悪い程度で今日は何とか大丈夫そう。
ハルは透と手を繋いだ。



18歳の時、ハルと地元の空港で別れ、飛行機の中でポロポロ泣いていて偶然居合わせた隣の男性が心配してくれた。
ずっと身の上話を聞いてくれて

『そうか、本当に悲しい別れを経験したんだね。
でも君は自分の人生の中で本当に大切な経験をしたんだよ。
きっといつか、そういう苦しい思いをしたことが君のキャリアで活かされる時が来るよ。
で、君の名前は?』

突然名前を聞かれて戸惑ったが

『高石 透です』

その男性は一瞬目を細めた。

『へえ、君が…そうか。君はきっといい医者になるよ』

『!!』

何故自分が4月から医学部の学生であるとわかったのだろう。
入学後にわかったことだが、この人は小児発達成長学の日下助教授だった。
透は入試をトップで合格していて、名前を何となく覚えていたそうだ。

この時、助教授。
今は教授。

メールを送ったら是非、顔を出して欲しいと返事があった。



大学にはタクシーで30分ほどで着いた。

「…透、ヤバイ」

ハルの顔色が真っ青だったので慌てて大学内の一番近いトイレに連れて行った。

透は構内の椅子に腰掛けて中庭を見つめる。

文系の学部だろうか。

集まって楽しそうに笑っている。



「…あれ」

後ろから声が聞こえたので振り返る。

「やっぱり透だ!」

透はいきなり抱きつかれて目を見開いた。

「お前、どうしてここへ?」

ようやく体を解放されてマジマジと顔を見る。

「あ…哲人か!」

大学の時と相変わらず明るいキャラクター、水間 哲人。
透の同期だ。

「あ、日下教授が今日は懐かしい人が来るからお前も一緒に研究室にいろ、と言われてたけど…お前か!」

その時、建物の中からハルが出てきた。
顔色が悪い。

「ハル、ちょっと座ってゆっくりしよう」

透はハルを椅子に座らせた。

「…やっぱりまだ無理だったかなあ」

ハルは呟く。
吐き気は収まったがフラフラだ。

「透の奥さん?」

哲人はしゃがんでハルの顔を覗き込む。

「大丈夫ですか?点滴しましょうか?
歩けないなら車椅子、持ってきますよ!」
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