いつか孵る場所
その夜、日下が予約してくれていた創作和食の店を訪れた。

少し広めの個室はハルがいつでも横になれるように、との配慮があった。



「そんな偶然、あるんだね〜」

ハルとの経緯を話すると哲人がヒュー、と口を鳴らした。
ナツも相変わらず口をパクパク。
何か言いたいらしいけど言葉にならないらしい。

「…俺、お節介ながら計算したけど…妊娠したの、早くない?」

「早いといえば早いけど、何も問題ないよ。
一回目で当たったと思われる」

透はサラリと流す。
ハルは顔を真っ赤にして透の背中を叩いた。

「お前…よく平気で言うね」

哲人が呆れ返る。
ナツは相変わらずパクパクしていた。

「僕は最初からそれを狙ってたし」

ますますハルは赤くなる。

「だって誰にも取られたくないから」

「その理由は子供すぎる」

哲人が透を突っつく。

「奥さんもよくこんなのを許したね〜!」

哲人の毒舌は半端ない。

「一生苦労するよ!ワガママで泣き虫だし!」

「うるさいなあ」

「だって病院でよく泣いてたからあだ名は泣き虫先生だったのに!大学病院から公立病院へ異動した時も色々と聞いた」

「お前、本当に五月蝿い!」

透は哲人の口を塞いだ。

「そんなに泣いてたんですか?」

ナツの質問に日下が答える。

「私が初めて会った時、飛行機の中で泣いていたね。
理由を聞いたらついさっき大切な人と永遠に別れたかもしれないと言う。
人間的に面白いな、と興味を持ったけど」

懐かしそうに語る。

「大学病院でも、子供や親に感情移入し過ぎて泣いてたね。
お母さんと一緒になって泣いてるのを何度か見たなあ」

「意外〜…」

ナツが目を丸くして透を見つめる。
透はもう、何を言っても無駄だと思って抵抗するのを止めた。

「医師としてそれは致命的といえば致命的だけれども。
医師である前に人としてどうかと考えたら、それは凄い武器だと思う。
だから高石は患者の信頼が厚かったな。
大学病院を去る時も患者の残念そうな顔が印象的だった」

「今も泣いてるの?」

哲人の意地悪な質問に

「…今はそんなに泣いてません」

透が首を横に振ると

「そんなに…?
まだ泣いてるんだ」

「もう、良いだろ!」

「奥さん、透は泣き虫だけど、本当に大丈夫?」



ハルは心当たりがあったけれど。
胸の中にしまいこんだ。
それが透の魅力でもあるのだ。



「そういう所も大好きですよ、私は」
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