いつか孵る場所
「誤解がないようにハルに言っておく事がある」

透は涙を拭いた。

「高校の時、平野さんと柏原が付き合っていたの、覚えてる?」

ハルは頷く。
柏原 拓海と透は仲が良かった。
ただ…高校卒業前に事故で亡くなったが。

「僕は高3の春、一度兄さんにサーキットへ連れていって貰った事がある。
…受験生なのにね。
どうしても観たかったんだ、拓海を」

懐かしそうに透は語り始めた。

「サーキットで走る拓海は普段のほほんとしている拓海とは全然違っていて、かっこ良かった。
平野さんも拓海にずっと付いて支えていたしね。
まさか観に来るとは思っていなかったらしくて、二人は凄く喜んでくれた。
自然と僕らは仲良くなっていったよ」

ハルの知らない一面がそこにあった。

「拓海が事故に遭った時、兄さんが外科の応援に入らなければいけないくらい忙しくて…。
拓海の顔を覚えていたから本当に驚いたらしい。
だから余計に必死になって治療したのに、助からなかった」

「…そんな」

「拓海のは今から考えても仕方がないと思う。
手の尽くし様がないんだ」

透は自分の手のひらを見つめた。
きっと今のこの手でも助けられない。

「拓海が亡くなってから平野さん…僕、真由ちゃんって呼んでいるからそう呼ぶね」

ハルは頷く。

「真由ちゃんとはロードレースを通じて親交があった。
拓海が亡くなってからも彼女はレースに関わっていたから。
僕も時間があれば観に行ってたから。
真由ちゃんの子供がレースに出るようになったら、少しだけレース資金のスポンサーをするようになった。
今でもそれは続いている」

確か同窓会でも4人、子供がいるって言ってたなあ、とハルはボンヤリ思い出していた。

「真由ちゃんはずっと僕には幸せになって欲しいって言っていた。
同窓会の時、ハルと僕がニアミスで会えなかった時、本気で悔しがっていた。
僕がハルと偶然再会した事をとても喜んでいたし、最初の食事の誘いは目の前で電話させられた」

ハルは思わず苦笑いをした。
真由が透を指導している様子が目に浮かぶ。

「ハルにもあの上司は止めとけ、ってそんな事を言ってたんだね。
彼女がいなければやはりこういう事にはなっていなかったのかもしれない」

そういえば、まだ真由には色々と報告をしていない。

言ったらどんな反応するかな。
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