いつか孵る場所
「さて、ハル」

透はハルの手を握る。

「帰る前に少しだけ、観光して帰ろうか。
せっかく来たしね」



ホテルをチェックアウトしてからタクシーを使う。



「わあ!」

しばらくして車窓から見えたのは広い海。
ハルは思わず声を上げた。
太陽の光を反射してキラキラ光っている。

「大学の時、よくこの辺りに来たよ。哲人と一緒にね」

観光名所にもなっている場所でタクシーを降りる。

「田舎のイメージが強いけれど、ずっと居たくなる街ね」

ハルは海を見て目を輝かせて言う。

「透がなかなか帰ってこないわけね」

「でしょ?本当に帰りたくなかったよ。
でも、あの時帰らなければ、今、僕たちはこうしてここにはいないね」

透はハルを見つめた。

5月の強い日差しが降り注ぐ。
眩しくて、思わず目を細める。



「先生…?」

後ろから声を掛けられて振り返る。

「あ、やっぱり!!」

「あ!」

透も思わず声を上げた。

そこには小学生らしき女の子とそのお母さん。

「先生、こちらに帰ってきたんですか?」

お母さんが嬉しそうに言う。

「いえ、僕の妻の妹がこちらにいまして。
久しぶりに来てみました。
のんちゃん、その後はどう?」

自分の名前を呼ぶ透に女の子は大きく頷き、笑った。

「おかげさまでだいぶ良くなりました」

お母さんが代わりに答えるとそうですか、と言って透は微笑む。

「まだずっと経過観察が続いていますが、発作の回数もかなり減りました」

「それは良かった!
お母さんも大変だと思いますが、気を長くしてのんびり構えてくださいね。
イライラは禁物です」

「ありがとうございます。
…やはりこの子の担当は先生が良かったです。
地元に帰られて私は本当に残念ですが、色々ありますよね。
どうかお体にはお気をつけてください」

その親子は深々と頭を下げて立ち去った。



「透、そんなに覚えられていて、ひょっとして凄い先生?」

透は苦笑いをして

「何も凄くないよ。
この仕事って子供のケアはもちろん、お母さん、お父さんのケアも大切なんだよ。
やはりこちらを信頼して貰わないと治療って出来ないから」

透はハルの手を引っ張ると

「少しだけ歩いてみる?」

浜辺の散歩を提案されてハルは大きく頷いた。
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